花村えい子

花村えい子●友情詩集






発行:1962年8月頃 若木書房 若草文庫4

田中美智子先生に始まり田中美智子先生で終わる若草文庫(さらにこのあと田中美智子先生中心の学園シリーズが始まる)若草文庫は "書き下ろし長篇少女漫画集" と銘打たれているため、何かに連載されたものだろうかなどと探る必要はない。でも、ひまわりブックだってこの頃は "書き下ろし長篇少女漫画集" だったはずだ。違いは何だろう? 若草文庫の方は女性作家限定と思えるが、数冊しか知らないので何ともいえない。。。

笙子の家のとなりにおさなともだちの三輪子がまたこしてきて、よろこんだのもつかの間、父の事業の失敗により今度は笙子の方がひっこすことになる。三輪子は笙子がこした先、丘の小さな家をたずねるが、笙子は入院した父の病院へいっており会えなかった。幾日かして三輪子は母と笙子の家をたずねたが、一家はひっこしていた。で、第一部おわり。

第二部は、貧しい木造アパートで笙子姉妹がくらすシーンから始まる。ということは、父が死んだか、母が死んだか、両方死んだかと思ったが、両方生きていた。。つまり父の事業の失敗で丘の小さな家にこし、父の入院で木造アパートにこさねばならなくなったのだ。笙子は家計を助けるため、ジャズマネジャー瀬川の家の娘となる。アパートをたずねた三輪子はまたしても笙子に会えなかったが、街中で偶然笙子に出会う。ジャズ喫茶に誘われた三輪子は、母や先生から笙子とつきあわないようにいわれる。

笙子の母がたおれて死んでしまう。父は退院できて三輪子の父の知り合いの会社につとめぐちがきまった。笙子は父・妹とは住まず、
歌手になるため瀬川の所にいることにする。三輪子は母もいつかわかってくれると、笙子と友情をちかうのだった。

一部と二部の間には、三輪子と笙子の楽しいファッションページがある。いきなり激貧なシーンから始まる二部との落差をねらわれたのだろうか?

【追記】
1968年、週刊マーガレットで同名作品の連載がある。


花村えい子●風は知らない





発行:昭和44年5月15日 ひばり書房 ひばりコミックス 新書判 196頁

「太陽のほほえみ」というのは本のタイトルで、そんな作品はない。。作品は「風は知らない(第部)」と「夢美しき日に」の2編が収められている。とりあげるのは、愛の花日記の巻末に収められていた「風はしらない」の二部。気になっていた続きが わかってうれしい、、ウソ、まるで忘れていた。。でも巻頭に第一部のあらすじがのっていて助かった。

悠子はM省の汚職で自殺した人の子だと、クラスメートの炎から追求される。それに打ち勝つため、文化祭での夕づるのつう役の練習に打ち込む。本番前日に祖母を亡くすが見事に主役をつとめあげる。炎は自分の負けだと悟った。次の日、悠子母子は町を去る。

芝居に打ち込んだこともある花村先生ならではの作品だ。一部・二部が分けて収められたのがもったいない。これ以前にA5貸本仕様でまとまった作品として発行されていたのかもしれないな。

【追記】
当たり! 以前にA5判貸本で一冊にまとまって発行されていた。



花村えい子●悲しみは…雲流るる果てに





発行:金園社 定価170円 虹文庫21

話はシンプル、何か参考にされた小説や映画がありそうだがそれは短編物か、そうでなければうまく省略されている。その分、絵に気持ちがこめられ、波乱万丈な虹文庫8おもかげは遠くよりも心に残る。

豊かなくらしをしていたマリ一家だったが、父の会社がだめになり海辺の田舎へ引越す。父が海に落ちて死亡、母はショックで倒れる。マリは魚やタマゴを売ってがんばるが、母も死んでしまう。 おじをたよって東京へ行くが、居づらくなって海辺へ戻る。母によばれるように海の中へ、、、
 
魚を提供してくれていた吉田のお姉さんに救われる。これからはやさしい吉田さん一家にむかえられ、マリは元気な心をとりもどす事でしょう、で幕。





花村えい子●夕やけの空遠く






発行:1963年12月頃 若木書房 ひまわりブック202

花村先生の絵はデビュー当初から魅力的で、レディースコミック時代直前までかなり長期にわたって好みだ。ややデッサンがあやふやなとこもあるが、イキのいい線が勝る。この作品はたぶん小説か何かベースになる物語があるはず。それをうまくマンガに展開しておられる。千加と有力者の娘雪村の対立とか、沙織との和解など、もっと描かれてもよさそうなところをぐっと省略されているのもいい。

沙織の姉・深雪は病弱だが、しあわせな結婚をした。夫・勇はいい人だがくらい影があると沙織は感じる。勇は深雪に子供がいることを告白。深雪はショックで死んでしまう。勇もあとを追って自殺する。沙織あての遺書には子供・千加をたすけてほしいとあった。沙織は千加にあいに行くが、あの子をたすけるぎむはないと走り去るのだった。

第2部は数年後、中学校(たぶん)から始まる。札つきの不良となった千加のクラスに担任としてきた沙織。千加は遠縁のおじに世話になり、そのおじは雪村の父の会社の工員で、千加の学費は雪村氏の温情から出ていた。対立する千加と雪村、両方を呼んで説教する沙織。やがて沙織は千加を自分の下宿にひきとり、学費もすべてめんどうを見た。はじめて暖かい愛につつまれて、千加はだんだん素直な明るい子になっていった。

郊外の河原で沙織はすべてを千加に話す。千加は激しく怒り、走り去る。最後の1ページ、2コマで二人は理解しあえて、幕。

第1部のラスト千加にあいに行ったシーン、第2部のラストすべてがあかされるシーン、ともに沙織の頭に巻かれたスカーフがきいている!



花村えい子●私のママは只一人

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発行:1960年9月頃 セントラル文庫 少女珠玉選集 渚3号より

実の母がいるというよくある話。短編だと、その存在を知っても生活は変らず終わるケースが多い。この本はけっこう分厚いので、実母のもとへという結末かと思った。冒頭からクラスメートとの相談で、直子は父の再婚に賛成しようかという方向だったので、そうなると思ったのだが。

父の再婚相手が新橋の芸者と知り、大反対。その芸者、八千代は直子の実の母。八千代に世話になっている鈴子が、芸者を害虫扱いにされたことに文句をいいにきた。そして、興奮して真実を話してしまう。が、直子はすでに知っていたのだった。八千代が鈴子のことをあやまりにきて、2人は対面。だが、直子は「他にママの居る筈ありません…」と否定する。きびしい幕切れだが、物語が締まっていいかな。

絵は、花村先生初期のものだろう。瞳孔の中心に何か立体的な表現がある。これは他の作者でも時おり見かけるが一時的に流行って、すぐすたれていったもよう。この作品では緊張感・存在感をともなって、効果的だと思える。



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